あいつ、ジャニヲタやめないってよ。

やめられないし、やめる気がない。

なあ、ジュニア担が不幸せだなんて誰が決めたんだい?~デビュー担がジュニア担をしてみた感想文~

「1年後の自分に手紙を書きましょう」

まるで学生のようなことを今年の1月、社内研修でやった。そしてそれから11ヶ月経った先日、そんなこと忘れていた私の元にその手紙が届いた。「何書いたっけなぁ……」そんなことを考えながら開いたそこには真面目な文章と共に「P.S.明日から大阪でエイトのオーラスに行くよ!!楽しみ!今年も大倉くんと小山くんがかっこよくありますように!笑」と記してあった。………うん。確かに大倉くんも小山くんも今年もかっこよかったよ。とっても。多分来年もかっこいいよ。でもね、1月現在の私。ちょっと大変なことがあってさ。落ち着いて聞いてほしい。

 

 

お前がその大阪で友人と軽率に取り付けた現場で松村北斗というジャニーズJr.に出会いそりゃぁもうずっぶずぶになって誰が見ても「あーーこいつ近年稀に見るすごい勢いだな」な速度で面白いくらいに落ちていって気がついたら年間現場数が過去最多になっているんだけどそれについてはどうする???

 

 

 

 

ジュニアの現場に初めて足を運んでから早10ヶ月。2017年が終わろうとしています。昔から本当に、本当に、ジュニア担だけはやらないと決めていたのです。だってヲタク絶対怖い。自担はどの現場にいるかわからないとか意味不明。何より、立場が不安定すぎる。ほら不安しかない。ジュニア担、ダメ、ゼッタイ。でも、勇気を出して踏み込んだそこには大変なだけじゃなくて本当に本当に楽しい毎日がありました。だから大変そうとか辛い思いはしたくないとか、そんなイメージしか持たれていないのは勿体無いということを伝えたくて、約1年間ジュニア担をしてみた所感と思いをここに記します。

 

 

まず、確かにジュニア担は大変で、不安定で、時々切なくて、悲しくて、不安と背中合わせでした。実務的な大変さで言えば現場は立て続き、でもチケットは当たらない、どこのバックにつくかも分からず気づけば年中チケ業務。しかしチケ業務は私が好きでやったことだし何なら私をそこまでにしてしまった松村北斗を責めてほしい。(とんだ責任転嫁)なおヲタク絶対怖い…も私にとっては結構ネックだったんだけれども、どの現場でもSixTONES担は全然怖くなかった。夏も冬もスタンディング経験したけど押されたり踏まれたりしなかったし叫びすぎてうるさい人もいなかったし、おいそこのお前ペンラ高く掲げんな!?へし折ってやろうか!?!?ああん!?みたいな人もとても少なかった。とても穏やか。でもMC中はとても賑やか。担タレか。他グループ公演に入ったことはないのですが、話に聞いていたジュニア担と全然違う。いい子。SixTONES担オススメ。(しれっと)

 

確かに私が分かるこのたった数ヶ月の間にだって、有名な子が気がついたらいなくなっていた。先月まで雑誌にいたのに。少クラにいたのに。何もなかったことになっている。その度にわたしの好きな彼はどうかいなくなりませんようにとただ切実に願うことしかできない切なさと言ったらたまったもんじゃない。どうしたらデビューできるのか、有名になれるのか。彼らから時々雑誌等で吐き出されるそんな痛みを目の当たりにするのもたまったもんじゃなかった。そんな、デビュー担ならいらない大変さがたくさん。でもその何倍も楽しくて、幸せなこともたくさんあった。ジャニーズJr.という存在の、そこにあるのは先の見えない不安だけど、その不安は可能性でもあって。仕事のひとつひとつが彼らを形成していく過程を見られるのがすごく楽しくて、まだ枠に括られきっていない彼らは何にでもなれて、想像もつかない仕事が来たりもするわけで、良い意味で先が見えない。デビュー組を否定するわけではないけれど、ある程度完成した安心を求め続けていた私からすると異なるフェーズも楽しいという大きな発見だった。何よりわたしは気がつけばとてもポジティブなヲタクに変わっていた。例えばテレビに出るとか映画に出るとか雑誌に出るとか、デビュー担の「当たり前」のひとつひとつが大切で、幸せで、感謝に溢れるようになった。偏見を受けやすいジュニア担だからこそ担当の名に恥じたくないなあなんて考えたりするようになって、要は心が綺麗になった。評論家みたいに何かを述べることが正だと思っていた、面倒で可愛げのないヲタクと化していた私だったけれど、とにかく全力で輝こうと自分を磨き続けるジュニアの面々と、大好きだと真っ直ぐに伝えるファンの姿を目の当たりにして、初めてアイドルを好きになった頃のような純粋な気持ちを思い出した。総じて言えば正しいアイドルの応援の仕方を思い出した、のかもしれない。

 

 

デビュー組との違いで言えば、規模が大きくやや神格化されたデビュー組と比べると俗的な文化に戸惑ったことは事実。ファンサはそこら中で求められそこら中で行われ、現場に行くとお手紙を入れる箱が必ずあって、みんな迷いなく箱に封筒を入れていく。本人たちもそれを読んでいるということを示唆している。正直「アイドルは手が届かないからいいのに。自分の気持ちを読んで欲しいとか自分の存在を認めてほしいとか、そんなのエゴだ、惨めだ」と思っていた。でもそんなエゴも悪くないと思えたのは、初めて手を振ってもらえた時。ジュニアなんて爆モテファンサの応酬だし、そんなのファンサなんて呼べたものじゃないけど、10年以上ジャニヲタをしていて生まれて初めて自担から手を振り返してもらった。少し遠かったから私かもしれないし私じゃないかもしれない。それでもそれは自分が想像していたよりすごくすごく心がほわっとなって、暖かかった。ファンサが欲しい、自分を見て欲しいなんて自己承認欲求の塊をアイドルにぶつけるなんておこがましいと思っていたけれど、実際に受けたそれはそんなに我儘で独りよがりなものではなくて、好きと伝えたら好きと返ってくる、というよりは、応援してるよと伝えたらいつもありがとうと返ってくるようなそんな感覚で、アイドルとファンだけど、人と人なんだなあなんて当たり前のことを考えたりして、要するにすごく嬉しかった。そのときスルスルと私を10年かけてがんじがらめにしていた難しい何かが解けて、難しいことを考えないで、マナーを守った手段であれば素直に好きと伝えることって素敵だなと思えるようになった。

 

 

 

好き。だから応援する。それがすべての正解であるということ。とにかく素直に好きと思えて、今が楽しくて、未来が楽しみで。だからジャニーズJr.を応援することはとても楽しかった。そんな1年だったように思う。だからもしも何年か先、ジュニア界隈が地獄絵図みたいになって、たくさんの人が涙を流すことになって、その涙の中に私の涙が含まれることになったとしても、私はこの1年を絶対に後悔しない。誰かの成功は、誰かの挫折。ステージで輝く自担を見ながらそんなことを考えて何度も胸が痛くなった。こんなに素晴らしい人材に優劣がつく日が来るなんて、と。でも万が一時が来た時に彼が後者に当てはまってしまったとしたって、この人の担当になったことを絶対に後悔しない。それはきっと来年も。再来年も。彼がこの世界にいる限りきっと続く。そう信じて疑わないくらい、私の好きになった人がこの1年で見せてくれた景色は素晴らしくて1年でこんなに楽しかったのにこの先は一体楽しすぎてどうなってしまうのと心配になるくらい、どこまでもついて行きたくなってしまうものだった。だから悔し涙が止まらなくなってしまう日のことなんか、そんな悲しいことなんか考えないで、これから見られるであろう輝かしい未来のことだけ考えて2018年を迎えよう。追いつくのが大変なくらい、遠くに行ってくれていいよ。早くしろよ!置いてくぞ!って時々振り返って笑ってくれればそれでいいから。だからこの、痛みと幸せが背中合わせの時間をもう少しだけ。いつかはその痛みから私たちも、彼らも、幸せな形で解放されると信じながら。

 

皆さんにもそんな風に思えるアイドルがいるかもしれない。今の担当がそんな存在ならとても素敵なことです。でもまだ出会えていなくて、もしかしたらそれがジャニーズJr.なのかもしれないとしたら、躊躇せず踏み出してみるのも素敵かもしれないと私は思います。

 

多分わたしは何も分かっていない。汚れた世界とか本当の痛みとか。要はお花畑なのかもしれません。でもそれでいいです。それがいいと思った1年なんです。好きという事実以外何もいらないということがこんなに幸せだと気がつけた年だったから。そして来年もそうありたい。

 

ジャニーズJr.が、SixTONESが、そして松村北斗くんが見せてくれたたくさんの2017年の景色を胸に、どうか2018年も素敵になりますようと願いながら。良いお年を。